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下総の名城「古河城」・残ってないのが残念すぎる水城(茨城県古河市)

by あずまの国の広報
古河城は現在の茨城県古河市にあった城です。
古河はもとは千葉県北部と同じ下総国で、江戸時代には日光街道の宿場町として栄えました。
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徳川将軍家の日光社参(日光東照宮への参拝)では、江戸を出ると、岩槻、古河、宇都宮と、将軍はそれぞれの城に宿泊するのが常でしたが、その宿泊地にも指定され、城主は幕府の要職が勤めることが多かったようです。
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また、古河藩の土井 利位は、雪の少ないこの地で雪の結晶を観察研究し、1832年雪華図説を刊行しました。
そのため、古河市内の校章は雪華をかたどったものが多く、歴史博物館などでは雪華グッズがお土産として販売されていたりします。
今後は、雪のマークを見たら北○道ではなく、古河を思い出してください!!
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城自体は、利根川合流点に近い渡良瀬川沿いに作られた水城で、現存する写真を見るとかなり立派なものでしたが、トップ画像にあるように、明治以降の治水工事の影響で、見事に破壊され、跡形もなく河川敷になってしまいました。
 
リンクは張りませんが「歴史的農業環境閲覧システム」のホームページを訪問して、古河市の部分の地図を見てください。
明治初期の迅速測図に描かれた在りし日の古河城の、水城としての個性的な姿を目にすることが出来ますよ。
 
そんな古河城ですが、僅かな痕跡が街中に存在します。
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これは獅子が崎遺構、連なった島の様な構成の古河城のひとつの島にあった岬状の部分が、このように、小高い小尾根のような地形として今も残っています。
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これは、古河歴史博物館脇の諏訪郭跡。ここは城内というより、古河宿方向に作られた出城の跡です。
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そしてこれは、古河城唯一の現存建物、乾門。
古河市街にある福法寺の山門として、移築利用されています。
 
各地に当時物、もしくは跡地に復元天守を持つ城跡は数多くありますが、不運にも消えてしまった名城の痕跡をめぐる旅もいかがですか?
 
交通:宇都宮線 古河駅
 
他の見所:古河桃まつり 平成31年の予定は、3月20日~4月5日
古河公方館跡
 
美味しいもの:古河駅近くに清酒「御慶事」の酒造があります。直売アリ
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